夢見る精神障害者

アスペルガー症候群なのか、統合失調症なのか、医者によって見解が違うのですが、今は両方の疾患名を持っています。 精神疾患にまつわるお話を綴りました。

私の入院生活2

こんにちは、謙児です。

今思えば、もう私は廃人同然の

状態でした。

実家に戻っても、インターネットカジノを

隠れてやってしまっている状態でした。

そして、実家で暴れ回って

家中のモノを壊しまくっている

有様。

自傷行為や、他人に危害を加える

ことがなかったぶん、マシなの

かもしれませんが、

かなりヤバい状態だったのは

事実です。

両親は断腸の想いでもあったので

しょうが、治すために

「私を精神病棟に入院させる」

という判断を下したようです。

私も呑気なもので、

「入院でもすれば、気分が変わるかも」

くらいにしか考えていませんでした。

そして、両親と共に病院探しが

始まりました。

ところが、受け入れてくれる

病院を探すのが大変でした。

当時は、

「それほど重くない程度のうつだろう」

という診断しかされていません

でしたので、

「入院するほどでもない」と

断られる始末でした。

両親は最後の手段として、

地元の政治家のコネを使い、

ちゃんと診察してくれるように、

と、とある精神病棟専門病院に

掛け合った次第です。

そこで、やっと強い抗うつ剤

注射してもらうことが

できたのですが、、、

見事に効きませんでした。

「入院されることをお勧めします」

病院の態度はコロっと変わりました。

そりゃそうでしょう。抗うつ剤

効かなかったのですから。

実を言うと、そこまで至るのに、

帰郷してから随分時間は

経っていたのですが、

ともかく、こうして入院する

ことがやっとできました。

最初は解放病棟に入ったのですが、

ほどなく、注射をまた打たれたところ、

体中の力が入らなくなり、

アタマの働きも鈍くなり、

ロクに身動きすらできない

状態になってしまいました。

あれは何の注射だったのか、

未だにわかりません。

ともかく、その状態を見て

主治医は、

「こりゃいけないな、部屋を変えよう」

と、違う棟に移されたのですが、

充てられた部屋は個室ながら、

何だか牢屋のような不思議な

部屋でした。

その部屋とは、閉鎖病棟

保護室であった、ということを

後に知ることになります。

つづく・・・

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